遠恋







「へこむ」

一行だけのメールが届いたのは二日後の昼だった。

どうしても会いたいと急に電話が来て
無理して会いに行ったのにホテルの部屋についたら
ヤツは出て来ない。
ドアを二、三度蹴って見た。

反応がない。

携帯をしつこく鳴らすと寝ぼけた声でこう答える。

「どこ?今」
「もう部屋の前だ...」
「わかった、すぐ開ける」
前に会ってから二ヶ月が過ぎていた。


「呼び出しといて、てめぇは寝てるんだ。いい根性だ」

「ちょっとハードだったんだよ今日は」

「今度はどこ行くんだ?」

「岡山、明日急に戻らなきゃならなくって
今日しか時間取れなかった。急でわりぃ」

「ほんといい迷惑だ」

「その割りに早かったじゃん(笑)」

「高速使っ...」

三蔵が言い終わらないうちに
悟浄は唇を軽く指で押さえた。

「言わなくていーぜ」
「明日何時の飛行機?」
「2時半、お前仕事は?」
「無いわけねぇだろ」
「でも遅番なんでしょ...」

図星だった。

この日、悟浄が出張で千歳入りするのが解っていたから
もしかしたら会えるかもしれないと思いシフトを調整していたのだ。
「ほんとは明日一泊出来る予定だったんだけどさ、
兄貴が穴空けちゃって急遽帰ることになったの。
折角お前とゆっくり出来ると思ったのにな」

三蔵のコートを脱がすと無造作にハンガーに掛けて
自分はいきなりシャツを脱ぎ捨てた。
「楽にしてて、俺シャワー浴びてくる」

全く自分勝手なヤツだ。
こんなヤツのために俺はなんで高速まで使って
千歳くんだりまで出て来てるんだ?
答えは簡単だった。


会いたかったから。

三蔵は札幌の食品関係の卸会社天竺に勤めている。

悟浄とは年に何度か行われるデパートの物産展で
去年たまたま一緒になった。

悟浄の実家は家族で梅干屋を営んでいるらしく、
営業がてらデモンストレーションで全国を飛び回っていた。

「えっと天竺さんは地元ですよね?
俺一人で来てるんで、良かったら晩飯と
軽く飲みに付き合って貰えませんか?どうも一人って苦手で」

休憩で隣合わせて声を掛けられた。

「ああ、俺は構いませんが梅干屋さん」

普段あまり飲み歩かない三蔵だったが
折角遠方からきた悟浄をつまらない店には連れていけない。
取引先を頭に思い浮かべ一番郷土色豊かで料理のうまい店を探した。

初対面の相手に、しかも同年代の男になぜにここまで
真剣になっているのか自分でも解らない。
けれど一目見た時から気になってしょうがなかったのだ。



「刺身でかいっすね。それにうまい。量も多いし、
北海道っていいなぁ。俺将来的にはこっちに住んじゃおうかな」

「俺のアパートの向かいの中古マンション4LDKで
1280万円で売ってるけど」

「安いなぁ、二人で住むには充分だね」

「二人って?」

「うん、彼女と」

さらっと言ってのけた。

なぜかカチンと来た。

目の前のジョッキを一気に空ける。

「生もう一丁」


追加注文する三蔵の横で独り言のようにボソッと悟浄が言う。

「連れて来たかったなぁ」

恋愛真っ只中かよ....


思わず突っ込みそうになったが我慢して
三杯目のビールに手を付けた。
「ねぇ天竺さんは彼女いないの?」

「ブッ」

ふいを突かれてビールを噴出した。

「そのリアクションじゃ答えバレバレじゃん(笑)」

肩に腕を回されてバシバシ叩かれた。

「なんか可愛いねぇ、売り場立ってるとバリバリなのに。
もう酔いまわったの?真っ赤な顔して」

「ここで天竺さんは簡便してくれ。
さっき名刺渡しただろ?梅干屋」

ムキになって言い返す。
「はいはい、大事にしまってありますよ」

「それならいい」


仕事を離れて会社の名前で呼ばれるのは好きじゃなかった。

と言うより悟浄には呼ばれたくなかった。

「三蔵」

耳元に顔を寄せていきなり名前を呼ばれた。

「って呼んでもいい?」

答えようにも体がポーっとなって頷くのがやっとだった。

「だから、三蔵も梅干屋はNGね(笑)」

「じゃ三代目とか...」

「ばっかじゃねーの。名前で呼ぶだろ普通、悟浄君とか呼べよ」

「キモイ」

「誰がキモイって。あっすいませーん、ここ生2丁お願いします」

「さっきから、貝ばっか食ってるし」

「好きなんだよ、わりぃか。三蔵がお子様舌なんだよ。
サーモンとマグロって捻りがない(笑)男ならツブを食え!」

「いらん」

*********************************

酒を飲みながら取り留めのない話の中
悟浄の彼女は1歳年上でまだ付き合って3ヶ月しか経ってないことや
半同棲しているのだが、出張が多くてすれ違いなのを知った。


「どこで知り合ったんだ?」


三蔵はどういう答えが聞けるのか興味があって聞いてみた。

「良く出入りするデパートの子、ありがち(笑)」

「ありがちだな」

「三蔵だってあるだろ?」

「まぁな」

答えては見たものの嘘だった。

昔から女にはあまり興味がない。

隣にいる悟浄を見ている方がときめいた。

声、仕草、どれをとっても三蔵の五感を刺激する。

態度にすぐ出てしまいそうで、悟られないようにするのが難しかった。

初対面でこんな気持を知られたら引かれるのが落ちだ。

「ねぇ、三蔵」

「なっ何だ」

悟浄の声は優しく心地よい。

いきなり名前で呼ばれるとドキっとする。

「今日三蔵がいて助かったよ。なんか一人でだと味気ないんだよね。
仕事柄慣れなきゃって思うけど、こればっかりはいつになっても慣れないんだわ。
三蔵が良ければ、また出張で来た時に付き合って欲しいんだけど、無理?」


多分この調子で行く先々の誰かと同じ会話をしているのだろう。

社交辞令か?


「そんな先のことわかんねぇ」

しゃくだったのでわざとにこう答えた。

「だよなぁ」

あっさり引かれたので三蔵は慌てて言葉を付け足した。


「けど、近くなったら携帯にかけてくれれば、番号名刺に書いてある」

本当は誘われて嬉しかったのに。

素直じゃない自分が恨めしかった。


「メアドは?」

「メアド?ああっメアドな」


メールの方が気が楽だ。
どうやって聞き出そうか考えていたので、先に聞かれてホッとした。
メモの切れ端に書いて渡すと
「これ誕生日と血液型と星座だろ(笑)
俺のとビンゴ、今度メールするから見て笑ってくれ」

散々飲み食いした後、経費で落とせるからと飲食代を悟浄が支払った。


「じゃまた遠くないうちに来るんでよろしく。絶対連絡するから」

タクシーに乗り込む悟浄を見送ると三蔵は足早に地下へ潜り込んだ。


すぐは送らないだろうと思いながらも気になって.....
地下鉄に乗る前に一度携帯を見た。
受信メールが一件あった。
意外にも悟浄だった。

悟浄のアドレスは星座、誕生日、血液型で構成されていた。

「ビンゴ(笑)」

思わず笑みがこぼれた。

件名:可愛い天竺さんへ
お疲れさん(*^_^*)
今日は楽しかったぜ。
貝もうまかったしな!!!
次に行った時は
ホテルに遊びに来る?
一人じゃつまんなーい。
また酒でも飲もうぜv


〜何考えてこんなメール送ってくるんだ。
さっき一緒にいてドキドキしたのを見透かされたのだろうか。〜

三蔵は落ち着かなかった。


もし今度来た時にホテルに行ったら平静でいられるだろうか?
そんなことを考えて返信しないまま携帯の電源を切り地下鉄に乗り込んだ。


************************************

件名:梅干屋へ

俺と遊ぶと高いぞ。
覚悟して津軽超え
しろよ!


本心とは逆の言葉で返信した。

二日過ぎても返事は来なかった。

気になってしょうがなかったが、自分からまたメールすると
負けるような気がして必死で我慢していた。
その時点ですでに負けているのは解りきっていたのだが....
胃の辺りが少しキリキリして来る。
それでもいつもの生活はこなさなきゃならない。

ちらちらと一日中携帯を気にして過ごす。

取引先の業者にも突っ込まれた。

「なんかあった?落ち着かない様子だけど?」

「いや、違います。すいません」

悟浄のことで気もそぞろ、危うく発注ミスをしそうになったり散々だ。

「あいつの所為だ」

事務所に戻り納品伝票を整理しながら、時折悟浄から来た初メールの画面を眺めた。

眺めているとついため息が漏れる。

「はぁ...」

仕事にも集中出来ないなんて...
いっそコイツを消してしまおうか。
削除キーに指を触れた瞬間メールを受信した。
悟浄からだ。

再来月北海道入りする旨のメールが届いた。

「待ってる」

三蔵は、そう一言だけ書いて返信した。

早く会いたかった。

今度会ったら素直にこの気持を伝えたほうがいいのだろうか。

悩んだ。

悟浄はノーマルに決まっている。

嬉しそうに彼女とのこと語っていたのだし、俺とはただの業界仲間だ。


だけどあんなメールを寄越した。

ただからかっているのか
それとも少しだけ俺に興味があるのか......
考えていると悪いほうにしか向かない。

また、ため息が漏れた。

「鬱々してどうしたの?出先でなんかあった?」

「悟空か...」

声に振り返ると後輩の悟空だった。

入って来たのに気付かずに居た。

「もう定時過ぎてるよ、残業つかないのに熱心だね」

「お前もな」

「俺はちょっとトラぶって先方に謝りに行ってた(笑)
結果としては俺悪くなかったんだけど、今後もあるからね」

「成長したな」

悟空は裏表がなくて誠実な男だ。

入社したての頃は良く理不尽なクレームに腹を立てて
「辞めてやる」が口癖だったが、今では三蔵の良きパートナーでもある。

「お前は口が堅いよな?」

「なんでそんなこと聞くのさ」

「相談したいことがあるんだ、あまり人に聞かれたくないから、
どっか賑やかなところがいい」

「じゃ家来る?」

「いいのか?」

「俺は構わないよ」

誰かに聞いてもらいたかった。

悟空なら適役だろう。

前に彼女がいないことを指摘され、それとなくカミングアウトした時に
「俺は解るよ、別に変に思わないし」と真剣に答えてくれた。
事務所から出て地下鉄で三駅目で降りると悟空のアパートがある。

駅の傍のスーパーで食料とビールを買った。

悟空はまめに自炊している。

きちんと整理された部屋は居心地が良かった 。

「これさ、この前もらって来たんだけど結構いけるぜ」

冷凍食品のコロッケを素早く調理し、ビールと一緒に出してくれた。

「衣がサクサクしてるな」

「だろ?評判いいんだって、八海食品の冷食売れ筋NO1。
冷めてもサクサクお弁当コロッケマッカリン(笑)」

「真狩産か(笑)」

三蔵は和んだ雰囲気の中で
いつ話を切り出すのかタイミングを伺っていた。

「そういえば三蔵、この前物産展担当だっただろ」

「ああ」

「なんかうまいもんあった?」

「うーん、梅干」

「うめぼし?」

「高級な一個一個包装している高いヤツ、初めて食ったけど
今までの梅干とは訳が違った」

「そうなんだ、俺も食ってみてぇ。あっやべ唾出てくる」

「なぁ悟空」

「うん?」

「驚かないで聞いてくれ。で誰にも言わないで欲しいんだ」

「...解った...よ」

三蔵の真剣な表情に悟空は少し驚いた。

**************************

「その梅干売ってたのが俺と同じくらいの年のヤツで、
仕事終わったあとな、誘われて一緒に飯食いに行ったんだ」

「珍しいな、三蔵が」

「で、珍しいも何も問題はその先だ」

ここで一気に言ってしまえば少しは楽になれる。

三蔵は呼吸を整えてから悟空の目を見据えこう言った。

「悟空、単刀直入に言うぞ」

「解った!そいつと酔って喧嘩でもしたのか?」

「いやそうじゃない、それならまだなんとかなる」

「何さ?」

「実は梅干屋に」

「梅干屋に?」

「何を言っても引くなよ」

「引かねーよ」

「惚れたかもしれない」

「マジで?」

引かないとは言ったものの悟空の目は点になっていた。

「ああ、気持がこう浮ついているんだ。一人で考えていたら
仕事にも差し支えるから、いっそお前に聞いてもらおうと」

「でも...俺、気の利いたアドバイスとか出来ないぜ
なんていうかその.....」

「別にアドバイスなんていいんだ。ただ聞いて貰えれば
すっきりする。それだけだ」

三蔵はそう言うと手元のグラスを傾けてビールを流し込んだ。

悟空には悪いと思った。

あまりにも唐突で無理難題な話。

これが取引先の事務の女の子が相手だったら面白おかしく
話しに食い付いて来ただろう。

「聞くだけなら、いくらでも聞くよ。
閉じ込めておくと辛くなるから。
で、ストレートに聞くけど気悪くしないで。
相手の人もそっち系なの?」

「向こうは彼女がいるんだ。多分その気もねぇんだと思う。
でもな、また札幌に来たら会いたいって、メール来た。
しかも再来月また北海道入りするらしい。
今度あったら普通に接することが出来るか自信ないんだ。
突っ走ってしまいそうで.....」

「もう少し相手のことわかってからにすればいいよ。
だってまだ1回しか会ってないんだし、走りすぎたら
余計引かれると思う、それに彼女いるって言うし
三蔵は出張先の案内役に好都合な....」

途中まで言って悟空はしまったという表情をした。

「ごめん、言い過ぎた」

「いや、いいんだ」

言われて見ればその通りだ。
一目ぼれの一方的な片思い。
悟浄は男には興味なんてないはずだ。

「お前に話したら、頭が冷えた(笑)」

「それならいいけど」

悟空に話したことで幾分気持の整理が付いたかのように
思えたが、自宅に帰るとまたメールを眺めてため息を付く
三蔵であった。


*******************************


2ヶ月が長かった。

いつもの倍に感じた。

相変わらず携帯ばかり気にする毎日で、
けれど自分からは送らない。
無駄に意地を張っていた。

いい加減忘れようと思っていると
タイミング悪く悟浄からメールが来た。

件名:お待たせ

旭川二泊の後、
二日オフ有り。
札幌行き決定!
完全オフ日に付き
たくさん遊べるぜ(笑)
今回ホテルは新札幌。
また連絡します。
貝のうまい店
探しといてね。



件名:アホか

貝、貝うるさい!
貝以外にもうまいもん
天竺を侮る無かれ。
まぁ気を付けて来い。
もう寒いから
一枚多く着込んだ
ほうがいいかもな。


件名:手間取るぜ

あーら三蔵さん
そんなこと言ったって
どうせすぐ脱がせる気でしょ。

薄着でいいじゃん(笑)
なーんて俺いつでも
HOTだしー。
わかったよ厚着して
行きます。待っててね。


「あほかっ」
つい言葉に出してしまった。

思わせぶりな文面から遊びなれてるのがわかる。

三蔵の気持に多少なりとも気付いているのだろう。

遊ばれても本望だ...


その週の休みに髪を切った。

さりげなくそこのスタイリストから
手頃で洒落っ気のある店の情報も聞き出しておいた。

ついでに大通りをふらついてパルコに入った。

見るだけのつもりだったが店員のおだてにまんまとハマり
すすめられるがまま服を買った。

いつもは会社の社名入りジャンバーにありきたりなスラックス。

会社、家の往復にさほど私服はいらない。

フィッテイングルームの鏡に移った姿を見たら、まんざらでもなかった。

衝動買いしたのは紛れもなく、悟浄に見栄をはりたかったからだ。

二ヶ月の間、どれほど携帯画面を眺めただろう。

事情を知ってる悟空には
「会社ではちゃんとして下さい」と念を押された。

言われて我に返る、そんな日が続いた。


その日は朝から雪だった。


「旭川マジ寒いって、助けて〜」

「札幌も寒いぞ」


「あっ、あのねー俺これからお得意さんと
ラーメン食べに行くんだわ、呼びが入っちゃった。
ワリィまたあとで」

よく考えたら初めての電話だった。

着信画面を見て息が止まりそうだった。

ずっと会えなかった恋人に会うような気持。

「昼食った?三蔵。」

「!」

「何驚いてるのさ。また携帯眺めて....」

「悟空...今晩奴に会う」

「なるほど、遠恋の人から電話かぁ(笑)」

「気持悪い.......吐きそうだ」


「緊張してきたんだろ。世話焼けるな〜。
もぉ、伝票かせよ、俺入力しとっから。あんま緊張してっと
はたから見ても不気味だぜ。夜までにリラックスしときな」

悟空の言う通りだ。

情けない。

「ちょっと出てくる」

会社近くのファミレスに入って煙草を吸った。

パスタを頼んだが半分は残した。

午後からは気持を入れ替えて一気に仕事を片付けた。

携帯の電源は切っておいた。

早番の定時を少し過ぎて会社を後にした。

地下鉄に乗り込む前に電源を入れてメールをチェックして見る。

「あっ」

思わず声が漏れた。

悟浄から3件入っていた。


件名:今から向かうよ

件名:着いた〜!

件名:三蔵さん仕事中?

メールの内容を読む前に携帯が鳴り出した。

「今どこ?」



不定期に続きます。
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