019 ナンバリング(後)



「10053人生楽ありゃ蜘蛛あるさ
って凡打もいいとこだ、笑えねぇ…次は」

「それで最後。お疲れさん」

受け取った瓶を箱に詰め込んで、がしゃんと積んだ悟浄と、
マーカーの蓋をした三蔵が、同時に左右に腰を揺らした。

「結構達筆だな」

「職業柄たまに書けと言われるんでな」

(玉に書け?三蔵どんな仕事してんだ?)

「じゃ、今度俺のにも書いてくれよ、恋文でも」

「お安い御用だ。なんなら今書いてもいいぞ」

「えっここでかよ。まあ三蔵がそういうんなら」
悟浄はズボンのジッパーを下ろし始めた。
真っ白いブリーフが眩しかった。

「本当にそこに書いていいんだな?」

なるほど白いブリーフを紙代わりにするとは
悟浄もなかなかチャレンジャーだ。

初めての試みに三蔵もワクワクしていた。

「お任せします」

悟浄は目を瞑って三蔵にすべてを委ねた。

マーカーのペン先が悟浄の大事なものを染めて行く。

「脱がなくていいの?」

「黙れ、気が散る」

「はっはい」

「書いたぞ」

店の入り口にある姿見に映してみると
悟浄のブリーフの尻の部分には、はっきりとこう書かれていた。

小泉

似ているが一文字違いで大違いだ。

三蔵から恋文を貰ったら嬉しいが
小泉を貰ったところで嬉しくもなんともない。

しかもこんな名入りパンツなどもう二度と履けないじゃないか!

ここは三蔵に責任をとってもらわねば。


悟浄がそんなことを考えているのも露知らず、三蔵は高飛車に命令した。

「おい、なんか喉乾いたな」

「へぇへぇ今お持ちしますよ三蔵様」


勝手知った風に冷蔵庫を開けたてして、
悟浄は、白く曇ったグラスを置いた。

「はいどうぞ、100万円になります」
「ほら100万円だ」
三蔵は100円玉を差し出した。

お約束のベタベタだ。
さすが甘い関係だ...悟浄は有頂天になった。

「俺この100円一生使わねぇ。」

それを聞いた三蔵は勝ち誇った気分になった。

グラスいっぱいのぶっかき氷から、冷え冷えと霧が上がっている。

含んだ途端、懐かしい香りに包まれた。


「あまい、初恋の味だ」

「だろ?姉貴、昔っからこれ好きで、自分で作ると2倍でやんのよ。
水は控えめー、原液多めー、それが姉貴の黄金比!
でも限度があるよな(笑)気が向いたらお替りしてくれよ」

三人が入ってきたとき、痔炎ー悟浄の兄、現在は姉貴、は、
スコッチの箱を開けて、瓶の底に、続き番号と何かを書き込んでいた。

紹介された三蔵に名乗り、
ちょっとこれだけ済ませるから、と、動かす手元を、
カウンターを飛び越えて入った悟浄が覗いた。
「姉貴、何してんの?」

「いやん…なんでもないわよぉ、ちょっとしたサービスよ」

顧客サービスの一環で、姉貴はコネタをこっそりボトルに書くことにしたらしい。

「瓶に番号書いておいて、底にあたしのコネタ仕込んどきゃ、盛り上がるでしょ♪
見て〜これがネタ帳よっ」

棚に並んだ札付きの瓶は、ざっと見ても3ダースはある。

これに全部コネタを付けるとはたいしたものだ、と三蔵は思いかけた。

「…って普段からコネタ暖めて誰かに見てもらいたくってうずうずしてたのよ。
酔ってみりゃクソネタでも笑ってもらえるでしょ?
まぁほんとはどれも自信作なんだけどね」

ほころんだ表情の、人情厚そうな毛深さは、
驚くほど徹夜明けの悟浄の無精ひげと似通っていた。

「蓮実ちゃん、明日電話しようと思ってたんだけど、例の新刊、入ったわよ」

「ラッキーvオンリー限定ですよね?
まだここらじゃ持ってる人いないですよ、豪華、三本立てだっけ」

「そうよぉ、これ済んだら倉庫で見せたげる。
会場でも並べた途端飛ぶように売れちゃって、コネでやっと一冊取れたv」

「俺、やりますよ」

「え?」

姉より、むしろ悟浄が驚いたように、三蔵を見た。

「ここで三人で見てるよか、俺と悟浄でそれやって、
蓮実さんとあなたがあっちの用事した方が、手っ取り早いじゃないですか」

「あらそう?甘えていいかしら♪
初めてのお客さんにいきなり用事押し付けるのもアレかと思うんだけど…」

「いーよ、姉貴、三蔵はマイラヴァーだからさ。気にしないで行ってきなよ」

「誰がマイラヴァーだっ!」

「まぁまぁ」

「あらオアツイこと(笑)じゃうちの悟浄をヨロシクね、三蔵ちゃんv」

悟浄はひとくちで干した自分のグラスに、カルピスだけを注いだ。

「なあ、蓮実と何、ひそひそやってたのよ」

「お前も聞いてただろうが」

「そうだっけ?」

「…なんだか試したいことがあるとか」

「おおそうだった…」

角が丸くなってきた氷がグラスに触れる音だけが、涼しく響く。

目が慣れてくると、一枚板のカウンターも、スツールも、
一見ポップでお洒落そうなものばかりだった。

だが、座ったり、こうして手を置いてみると、
お洒落どころか正真正銘のドデカイこけし型スツールであることに気付き
少々居心地が悪かった。 「こけしとは悪趣味だな、どうも尻が落ち着かん」

「そっか?俺は結構好きだぜ。…姉貴もさ、蓮実も気に入ってるぜ。
このこけし椅子。 まぁあいつらは趣味が合うというかなんというか」

「…こけしマニアなのか?」

「姉貴は修学旅行で作って以来伝統こけしに嵌ってるけど
蓮実は良くわからねーな。 にわかもんだなありゃ、
それにあいつは他に熱中することあるしな。」

「格闘技か?」

「まあね。蓮実が新技開発したらしいんだけど、でも知らん振りしてんだ。
俺が下手にまとめようとちょっかいだしたら、
姉貴は思いっきり手加減するだろうし、蓮実もギクシャクして、台無しンなる、
真剣勝負に手加減は無用だ。
…たとえオカマは元男でも...そう思わねえ?」

「…すまん、オカマ業界のことは、よくわからん」
「ごめん、三蔵は、よく知らないものことそんな簡単に言わないよな。
…うちの親、俺が5つンとき、道場破りにあって、蒸発したんだ。
言っとくが道場は道場でもうちはカラオケ道場だったんだ。
異種格闘もいいところだぜ。勝てるわけがない。
そんなわけで親と生き別れになって、姉貴と二人でやってきたんだ。
…姉貴が料理とか掃除とかうまくなったのも仕方ないけど。
俺を養う為の営業オカマだったのがいつしか本気になって
男しか愛せないようになってしまったのも俺は受け入れているんだ。
でも、絶対オカマにならねぇっていうのは、
絶対オカマになるのと同じ位の確率って気、するんだ。」
「1/2の神話だな?」

三蔵は思わず突っ込んだ。


「俺を専門に入れてくれた頃、この花屋のオーナーが引退すんのに、
薔薇がめちゃくちゃ好きな姉貴なら大事にしてくれるからって店、譲ってくれたんだ。
それまで姉貴は金のために無理して働いてたんだから、やっと好きな商売出来るって俺、思った。
姉貴は女王になる資格あるし、蓮実とならきっといいタッグ組める…
すげえ、うまくいって欲しいから、」

「オカマとタッグってのも、新鮮だな」

三蔵は、自分の言葉の拙さが、はがゆかった。
聞き役にしても役不足だ。

一番大切な人間を思う振りして、
「ヲタクでいること」しか出来ない悟浄の純真さは、
似た者同士を感じずにはいられなかった。

「三蔵は、兄弟っていんの」

「...(ドキッ)どっ、どういう意味の兄弟だっ!」

「あっ、無理に答えなくってもいいわ。」

「お待たー…あ、ぴゅぴゅっとやっちゃってた♪
うんと濃くしたほうがおいしいわよー」

痔炎と、蓮実が入って来た。

「おいしいけど甘い...です」

痔炎はすぐカウンターに入り、冷蔵庫から巨大フランクフルトを出して焼き始めた。

「いきなり、手伝わせたりしてごめんなさい、
これ、よかったら食べてみて本場ものよー」

こんがりと色づいてむっちり弾けんばかりのそれは、
マスタードとケチャップでコテコテにされ、三蔵の口元に差し出された。

「物足りなかったら、おかわりせがんでもいいわよ…特別にね」

「いや、物凄くデカイから、これで1本で充分です」

かぶりついた三蔵の口元に悟浄と痔炎は釘付けだ。


「悟浄カメラ、カメラ!いい!その口!
三ちゃんもっと根元までいっちゃってぇもぉ最高!」

「持ってねーよ!」と言いながら携帯でしっかりキャッチ。

「ごじょたんあとで転送するのよ!」

「すいません、お取り込み中、あたしも喉渇いてんですが...」

「あら忘れてた蓮実ちゃん、あーたは何飲む?」

「鬼殺し!」

差し出された一升瓶を抱きかかえ、蓮実は手酌でごくごく飲んだ。

「さすがね。合うたびに貴女パワフルになるわ…」

「喉渇いてたの。それに痔炎姉さんには二度と負けたくなくってよ」

「蓮実!」

「痔炎姉さん!」

口を拭って、ニヤリと笑う蓮実の背後に、メラメラと炎がゆれていた。


胸元のハーモニカを探り当て、握り締めて、
不本意なシモネタをこぼすまいとするように、唇もきゅっとつぐむ。

悟浄は隅に引っ込んで、口元を覆って携帯で話し出した。

天井から、沈黙がなだれ落ちて、あたりを浸してしまう数秒前に、
がやがやと、客が入ってきて、3人とも、密かに吐息をもらした。

「あー、今日ママ、グァカモーレはないの?」

「熟したアヴォガド、あったかしら…なかったら一週間待ってね」

「ひっでー。あ、蓮実ちゃん、ちっす。弟クンも」


「ちーっす。」

「おい、悟浄」

「あん?」

「バカモーレってなんだ?」

「なんだと思う?」

「さぁさっぱり、ミアモーレなら歌えるがな」

三蔵はN森A菜ファンだ、間違いない。

悟浄はそう気付き始めた。



窓の外を、さっとライトが走った。

「あ、車来たわ。じゃ、またな」

「またね」

「何、弟クン帰っちまうの?
こないだの有刺鉄線のリターンマッチしようと思ったのによ」

「有刺鉄線は痛いからもうやんねぇーよ。
じゃ、蓮実、三蔵、行くぜ」

財布を出しかけた三蔵を押し留め、痔炎は外まで送ってきた。

「また、来てちょうだい。
悟浄といっぱい仲良くして、精魂尽き果てるまでやりまくってねv」

クネクネっと礼をする痔炎に、三蔵はビビッてバリアを張った。


「今度は俺の膝に三蔵乗せちゃおう!」

「あー、もう好きにすれば」

「何やさぐれてんのよ、お前も三蔵膝に乗せてぇか?」

「乗せるだけじゃ物足りないわね(笑)。
そうだ!帰り、あのコンビニの前で二人で降ろしてもらってそれから〜」


「お前、言うか普通(泣)俺の三蔵なのに」

当の三蔵は痔炎の「精魂尽き果てるまでやりまくってね」と言う言葉に萌えて
目をつぶって妄想していた。


コンビニ付近で蓮実は一緒に降りる気満々だった悟浄に、
瞬時にみね打ちを食らわせて
「瓢箪町5丁目の焼き鳥さんちゃんの裏のボロアパートに投げてやって下さい。」と運転手に告げた。


「家の前までは送る」

「悪いよ…反対側でしょ」

「あと1500歩で1万歩達成なんだ。」

「それなら話は別。」

同じコンビニの袋をぶら下げて、蓮実と三蔵はゆっくり歩いた。


街灯の下、むっちりと鍛えたボディをさらしてランニングする外人の毛が濃い、
短パンが短い、もう少し長くしろ、目の毒だ。
「今日、言われちゃったんだ。姉さんに。隙だらけだって」

「…そうか」

「三蔵さんのおかげでチャンスできた。ありがとう。
…隙があるだけでもう、闘う資格なしって感じ。
また一から筋トレしなおさないと、どうやら無駄なところに付けていたようで、
いや元々胸は無かったんだけど、筋肉との対話も少なかったみたい。
痔炎姉さんは、ああ見えても逆立ちで歩けるみたいだったり…
そんな力強さに憧れるけど。
オカマに間違えられるのも悪くない、
オカマがキライっていうんでもない、むしろ好き。
だれでもないあの人と、一緒にオカマになりたい、いえ最強タッグを組みたい。
二人で居るのが一番いいけど、別々に居るときも、お互いのところに帰っていくんなら、
すごくペアに惹かれるって気持ち、伝えて、同じ闘志を持って、って。
ハッスル、ハッスルって
あの人、困ってた。だからあたし、返事は急がない、待ってるっていったの。
アマレスも写真も好きだから続けられる、営業オカマとしてお店も手伝う。
そのままうやむやにされちゃうかもしれないけど、闘わなかったら絶対何も変らないし。
…ありがと。ここだから」
こじんまりしたマンションの前で、蓮実はぴょこんと頭を下げた。

「心技体一日一膳」


「三蔵さんも毎日一万歩ですよ!」


歩きながら、三蔵はまだ冷たいヨーグルトのパックを取り出し、ストローを刺した。


さっきのコンビニまで戻ると、煌々と道を照らす灯りに、
長い影を落としている姿が立っていた。
「…うふっ」

「で、出たな!」




020 合わせ鏡

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あっ!三蔵原稿やり損ねてる...
よって新刊はありません(笑)いえ根性で会場で製本です

本作るのって大変そうですよね。
すべての作家さまに尊敬の意を込めて♪

そうそう気になる?痔炎姉さんのお店の名前は
「メリー☆痔炎」星がポイントよーん。気付かれた方いましたか?(笑)
Cさんのアレはなかなか良かったです、支店出す時頂きます。FC展開する!
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