023 パステルエナメル



「何だよ、合わせ、って」

「合わせの意味はそんな、多くないよ。
ノーマルカプで合わせるか、ホモで合わせるか。
悟浄三蔵さんとやりたいんでしょ」

蓮実はトーテムポールによじ登り、
悟浄を見下ろして微笑った。

「簡単に出来る、なんちゃって衣装の合わせと、
大人の財力に物言わせて豪華で、本物っぽくて、壁際に人だかりが出来る合わせと」

「そんなに簡単にヤツと合わせられるんなら悩まねぇよ」

「そうだね、今度の悟浄のはコスって言うより
水泳大会みたいだもんね、海パンくらいしか必要ないし。
三蔵さんが一緒にやってくれるようなジャンルじゃないよね」

「そんなの聞いて見ないと解らねぇじゃん、あいつ全身タイツは喜んで着てたぜ。
それにウラヌスだって、ウラヌスだってぇ〜」

「ウラヌス?そんなのもやってたの...まぁせいぜい口説いてみることね」

言いながら、蓮実は危なっかしく、ペンキの剥げたトーテムポールの頂点に立った。

「やっぱメキシカンスタイルは最高だよね」

「こら、酔っ払い、お前はミルマラ・スカスじゃねぇんだぞ」

「じゃかわしいわい、この位からなら飛び降りたって平気じゃけぇ」

「男弁になってるぞ、降りろって」 

蓮実は酔いが回っていたものの、シューティングスタープレスで飛んで来た。


よろけながらも悟浄は下になり蓮実の身体を抱きとめる。

「ダイビングニードロップでなくて良かった」

「最近痩せたから前ほどダメージないでしょ」

磁場がそこだけ狂っていた。


おとなしく上に乗っかっている蓮実も、悟浄自身も、
技のダメージが少なかったのは一時的に重力を操った、
宇宙からの使者グレイの仕業であるとは知らなかった。
一度連れ去られてしまうと、未知との遭遇の旅は、何回か、突然やってくる。

記憶には残らないだけ.........


「…流れ星だ」

「えっ、ちょっとあれUFOみたいじゃない?」

「まさか!」

激しい震動を始めたサンドバッグから携帯を取り出した蓮実の顔色が変わった。



*      *      *      *     *


ガラスの浮きで作ったランプが、こじんまりした小上がりの、組み込まれた柱から下がり、
微かに揺れていて、ちょっとしたスリルを味わえる。
天井から床までの大漁旗に照り映える鮮やかな灯りは、夏の宵の烏賊釣り船のようだ。

捲簾の法被の制服は、糊付けされピンとしていたが、
薄っすらと伸びかかった髭、なよなよとした内股の足取りが、どこからみてもホモっぽかった。

カウンターに座り飲み物のメニューを開く三蔵の手もとが、
手品のように指先に光ったぺンライトで照らされる。

「スモールライトォ〜」

「お前はドラ○もんか!小さくしなくていいからソフトドリンク以外のものを」

「わかったわ、そうねー西郷・ドンボールはどう?酔 十 年(すいとうねん)、
鹿児島の芋焼酎をソーダで割ってスダチで味を整えたっていう」

「もっとスマートなのがいい」

「じゃージム帰りのマッチョなサラーリーマンにブレイク中の近藤勇足はいかが?
ロックの剣菱に手絞りライム、別添えの函館産スルメの足で混ぜてのんでぇー」

「それでいい」

「食い物、メニューの上から順に持って来て」

捲簾は運んできた若めかぶとろろを悟空の口に無理やり流し込んだ。


「捲ちゃん、意地悪すんなよ、生臭い」

「最近ここで、若めかぶの普及してんのさ」

「海の納豆じゃん」

「よく知ってるわね」

「ものみんたがTVで言ってた、それに地下のマネキンのおばちゃんに貰ったことあるもん」

三蔵のロックグラスと一緒に、あぶったスルメと、揚げたスベスベマンジュウガニが運ばれて来た。
「このカニ食えるのかしらね(笑)あんたらが食べて大丈夫だったら商品化するって。
ねっ紅ちゃん。 で、これはボール型だけどお冷グラスだから間違って指洗わないでね」

紅ちゃんと呼ばれた男が捲簾のお友達でここの経営者らしかった。


カウンター奥の厨房で黙々と作業を続けている。

どこか影のありそうな口数の少ない男だった。

殻を剥くと甲殻類特有の香りが立った。

「甲殻類は生ゴミの日前夜に食べるものだ。いいか特に夏場は注意しろよ。
生ゴミの日逃していたら必ずすぐに冷凍して置け、忘れるな!」

三蔵は以前油断していてベランダで大異臭を放ったことがある。

忘れもしない北海道物産展で購入したアブラガニだ。

剥いた殻を万古焼きの壷に移すと、指先に強い香りが残った。


「うっ.....」

「三蔵、三蔵ってば大丈夫か?」

悟空がナイスフォローでお絞りを差し出した。

「すまねぇ、お前気ィ利くな」

なるほど、料理と言えるものではなく、むしろ無人島節約生活という感じだった。


客に出す前に三蔵たちに出したのは賢い選択だ。

グラスが濃い青の発砲ガラスのために見た目はわからなかったが、
入っているのはミネラルウォーターではないらしい。

「今時、水道水か?」

持ち上げて悟空に嗅がせた三蔵が呟く。

「カルキ臭い?」

「いや寧ろ栗の花、つーかザー」

悟空が答えると三蔵が口を挟んだ。

「おい、それ以上言うな。想像しちまうだろう!」

「何ウブな振りしてんのさ、三蔵は。中学生の頃なんて毎晩こっそり一人でさー」

「毎晩一人でこっそり受験勉強に励んでいたんだ、お前とは違う」

「なにムキになってんの、図星かい(笑)
そんなことよりこの店はね、絞れるところは絞ってんのよ経費、紅ちゃんはやりくり上手でね。
番屋・スタイルの内装はよくあるけど、
ここのは廃業した石狩の漁師さんから譲り受けのモノホンでさ、法被も旗からリサイクルよ。
あたしが駆け出しでサービス内容や店のコンセプト理解してなくても、
値段の安さと産地直送の味の良さでなんとかなるの、包丁も切れるし♪三蔵んちのとは違う!」

「捲簾!言っとくが今度給料出たら、関孫六の最上級のを買ってやる!」

「どうせメーカー直で6掛けで買うんでしょ、中間管理職の三蔵様」

最後のするめの足をしゃぶりながら悟空が、呆れて三蔵を見上げた。


「”釜騒ぎ”でもしかして自炊に目覚めたの?」


目からウロコのアイデア商品祭りで、ツボ効率の風雲児と絶賛された悟空を、
散々気に入ったのが 丸腰デパートのロイヤルカスタマー大白金婦人であった。

「お宅は、大した店員だわ。アタクシのこと、色目も使わずきっちり接客して下さって」

45度の姿勢を保つ悟空との間に、営業スマイルで割って入った三蔵に、婦人は薄笑みを浮かべた。

「配達にもこの子が来るように、指名してもいいかしら?
…なんなら、マネージャーさんもご一緒に。 丁度いい牛が一頭あるざます、
今晩の牛丸ごとパーティに招待して差し上げましょう」

「こいつの胃袋は俺の50倍は丈夫ですが、
牛一頭だなんて、いくらなんでも限度ってものがありますから」


「残念。顧客の好意切り〜♪まぁいいざます、代わりに和装小物のイケ面新入社員を呼びましょう。
お宅、悟空さんと言ったわね。年末恒例の高級英国製お仕立て券付きYシャツ生地のノルマに困ったらいらっしゃい。
50着くらいならいつでも買ってあげますことよ、ではごきげんよう」


「悟空覚えておけ、大白金婦人はああ見えて実は、生まれも育ちもバリバリの瓢箪町らしいぞ」

「なーんだそうなんだ。筋金入りの下町育ちじゃん(笑)」


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番外編 三蔵と悟空のラブラブ伊豆山丸レポートを後日お送りします。
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悟空はそのまま捲簾の修行先に行って、釣った魚を調理して貰った。

「財力に物言わせて若い男狩り?釣れるわけないよね…」

「金持ちおばさんは得意っしょ、好きな子の気ィ惹きたいからお金撒くって奴」

『若いツバメ』という言葉を、捲簾は飲み込んだ。

悟空はまだ知らなくていいことだという気がしたからだ。

釣りの成果があったら修行先に持ち込むと、
捲簾と約束をしていたのでこの店に来た。
「もう一人、後で来るけど、いい?
三蔵とチビちゃんには、一度会わせときたい子なのさー」

「俺みたいなカッコイイのが居てもトキメかないってんなら」

「あら三蔵はあの子のタイプじゃないわー、ま、メチャクチャ多趣味な子だから、
三蔵がトキメくかもしれないけどぉ」

三蔵のイケ面振りを誰より熟知する捲簾が敢えて言うなら、しょうがなかった。

とはいえ、店にはまだ自分達しか居ないのが目に入ると、三蔵はほっとした。

いくらかアルコールが入ってからの方が、初対面の人間にも楽に向き合える。

北寄のサラダやサンマの甘露煮が来ると、捲簾は一口づつつまみ食いをした。

「何でスベマンとかはやんなかったの?」

「あれは正直美味くないっしょ。こっちはおいしいから、あんたに食い尽くされる前に食べとくの♪」

「で、あの子って誰なんだよ」

「…最近、一緒に住みだしたのぉ。今、優先順位一番の子なんだけど」

仕事中なのを忘れて、捲簾はついおしゃべりに興じていた。

紅はそんなことも気にせずに、黙々といわしの骨を抜いていた。

「…本人居ないと、説明し辛いのよん」

「あ、あの人じゃないよね?」

悟空がいち早く、入口から入ってくる人影を見つけた。

「捲ちゃーん、ごめんねぇ。遅くなってぇ」

「全然大丈夫よ、テンちゃん」

長州のように、艶やかな黒髪が、肩からこぼれた。

細い首が、幾らか泳いでいるようなジャージの上下、
前が肌蹴て中に着ている黒いタンクトップの上からでも腹筋が割れているのが解る。

黒い乾眼鏡に、物が無造作に詰まったスポーツバッグと、
着用しているものはバリバリのスポーツマン御用達ばかりなのに、
どういうわけか、全然、普通のスポーツマンには見えない。

長い髪や、綺麗な顔立ちのせいだろう。

筋肉の疲労回復には間違いなく塗られているバンテリンの臭い...は、
今のところ感じないが、首にかかったチタンのネックレスが物語る。

大方マッスルハッスルパブの常連をこましたのであろう。

「とにかく、座ってぇ。この子が、テン・ポー。
こっちがむっつりすけべの三蔵、と、悟空ちゃん」

「誰がむっつりすけべ」

「三蔵落ち着いて!」

そんなことは気にせずにテン・ポーは挨拶をした。

「毎度様です。あ、僕は983下さい、なけりゃクエン酸系なら何でもいいです」

「クエン酸て(笑)ここ小料理屋よぉ知ってるでしょーもぉ、梅干でも食って」

「僕、朝から12時間も走ってますから、水分補給しないとここでひからびちゃいますよ。
僕、運転手やってるんです。名刺…あ、ジャージに替えたとき置いて来ちゃった、すいません、
メロリン急便のセールスドライバーです。
三蔵さん、たちのお仕事のこと、だけじゃなくてとにかく色々(笑)あっ
笑っちゃってすいません、ええ色々と捲ちゃんから聞いてます。
お会いできて嬉しいです」


不意にくっきりと浮かんだ笑顔は、見覚えがあり、何かひっかかる。

昼はコンビニおにぎりしか食べていない、といって、
スベスベマンジュウガニの甲羅にかぶりついた途端、カニ味噌をジャージにこぼして、
捲簾に小言を言われながら、おしぼりで拭かれる。


「なんか懐かしい味がします」

「他人ごとみたいに言ってないで、もぉこのジャージ白で目立つから、味噌の染みは誤解されるわー」

「洗えば済むじゃないですか…」

「この前も洗えば済むって言っときながら放置してたじゃない!」

「あはは、そうでしたっけ」

「でも、お風呂入って作業着脱いできたのは認めてあげる」

「そうですよ、捲ちゃんの身内の方に初めてお会いするんですもん、
僕だってそりゃメロリン急便のユニフォームってわけには」

「残念...」

「えっ?」

「いや、何でもないです、はははっ」

三蔵は、本音が口からポロっと出てしまい、誤魔化して笑った。

小さい頃”働く車”が大好きで良く捲簾と近所の工事現場で
日が暮れるまでブルやユンボを眺めたものだった。

ついでに言うとそこで働いていたおじさん達の様々なコスチュームいや
ユニフォームにも感心が湧き”働くおじさんの制服萌え”だったのだ(笑)

そこにテン・ポーがメロリン急便なんていうから、あのボーダーのポロシャツを
思い出してキュンキュンしてしまった。


「この子ね、ほんとに逞しいの、仕事柄筋肉使うでしょ。でも家事とかそういうのは
筋肉あったって役立たずで、同じマンションで下の階、住んでたんだけど、ベランダから異臭がしてさ」
「カニの殻だろ!」


三蔵の突っ込みはあえて無視して捲簾は続けた。

「あたしが出勤するころ帰って来たり、帰る頃ゴミ出しそこねたりしてて顔合わすうちに
たまに手伝ってあげたりね…」

いつもコンビニ弁当ぶら下げて、レンタルビデオ片手に帰ってくるテン・ポーを見かねて、
捲簾が自分の部屋に連れ込んで、
「つい、筋肉に我慢出来ず頂いてしまいました」という訳らしい。
筋肉は思った以上に良く、手入れをしたらモデルも出来そうだった。

「一度食べちゃうと、癖になるもんで」

ショー用のローションを頒けてやったり、
食生活を聞くと悲惨だったのでハッスルマッスル料理を食べさせてやったり、
ゴミ屋敷を探す番組に取材に来てもらったり、ギャラを分けたりしているうちに、
「二人で一ヶ月いくらあったら暮らせるかしらね」

「面白そうだからやってみましょうか1万円で!」

面倒見がよくて寂しがりの癖に、
特定の誰かに、自分の優しさを注ぎ込むと、すぐに飽きてしまう捲簾が、
こんなに手放しに世話を焼ける相手が出来たのが、三蔵には納得できなかった。
しかしそれが男だったり、筋肉質の人間だったことは妙に納得できる。

捲簾は、その長髪やジャージで外出を恥じない、テン・ポーの漢ぶりをとても喜んでいたからだ。

「テン・ポーのこと、よろしくね」

捲簾は、丁寧に頭を下げた。

「どうしてこう俺の回りは」


三蔵は、参ったよのポーズで目の前のホモカップルの顔を見比べた。

さっきから一言も発していない悟空はなぜか厨房に潜り込み
紅に「あーん」と釣って来たカツオのタタキを食べさせてもらっていた。


「すんげぇうまいよ店長」

「生きが良いからだ」

「きゃー、紅ちゃんったら、何真っ赤になってんのさ、
もぉ可愛い子に目が無いんだから!」

捲簾の金切り声に驚いたテン・ポーは
張った肘でオコゼ料理の皿をテーブルから落っことした。


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テン・ポー登場!ジャージで登場!
我が青春時代もジャージが流行っていた(笑)
さていきなり出てきた無口な料理人紅ガイジー。
石狩番屋風小料理屋の名前は「花畔」(バンナグロ)←初めて見た時読めませんでした。
地名です。

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