002 階段
「ちよのふじ♪」
「今度は力士かよっ!」
「へへっ、貰っちゃったんだなぁコレ。」
力士トレーディングカードを見せびらかし、
悟浄は三段抜かしで階段を駆け上がった。
「お前もやって見ろよ、雲竜型。」
「やれるか、バーカ。」
「ちぇっ、相変わらず冷めてんの。言っとくがレアな58代横綱キラカードだ!」
三蔵は聞こえぬ振りをして、さっさと悟浄の横を通り過ぎた。
「ねぇ見ないの?」
慌てて追いかけた悟浄は回り込んで、妖しいカードを振って見せた。
「見ない。男の裸は嫌いだ。相撲協会の陰謀に乗せられるような俺じゃねぇ。
相撲にはこれっぽちも興味がない。」
「お前のゴジョコ好きにはまったく飽きれるぜ。」
そういうと悟浄は笑ってカードを差し出した。
「35代目横綱の双葉山だ、取っとけ。」
悟浄は指先で挟んだそれを、あっけに取られる三蔵のポケットに押し込んだ。
「裸と裸のぶつかり合い、男のロマンよ。じゃあな!」
「じゃあなじゃねぇ、全く。俺にはゴジョコがいるにょ......」
残されたカードの凛々しい双葉山に少し心奪われながら...
「変な野郎だぜ。」
三蔵は言葉で否定しておかないと何だかマズイような衝動に駆られていた。
悟浄とは行き付けの飯屋で良く逢った。
お互い近所に住んでいるのは知っていたが、深い所まで聞いたことも聞かれたこともなかった。
この辺りは学生や独り者が少ない所為か、飲食店やコンビニを探すのはやっとで、
夜遅くまでやっている店もそうそうない。
その中で一軒だけ、遅くまでやっているのが大黒屋であった。
大黒屋は、ゲイの夫婦でやっているこじんまりとした店で、
常連客ともなると、もうその筋ばかりであった。
店主は隠すわけでもなく、寧ろ嬉しそうに客の前でイチャイチャしていた。
何ヶ月も前のことだった。
三蔵がいつもように仕事帰り大黒屋のカウンターで夕飯を食べていると、
隣に座った男が突然話し掛けて来た。
「すいません、それうまそうだけど何て言うヤツ?」
「ああ、これ...おばさんこれ名前あるのか?」
「誰がおばさんですって?僕には八戒と言う立派な名前があるんです!
で、料理の名前は長芋の姿作りアラ八戒って言うんです。」
「おばじゃねぇ八戒さん、俺もこれとおんなじの頂戴!」
「お客様大変申し訳御座いませんが、そちら様のでラストとなっております。」
「そっかぁ。じゃあ男のスタミナ定食ってのにして。」
「行きますか?今晩寝られなくなっても知りませんよぉ、
ニューオーダー”オトスタ”ワンプリーズ。」
「”オトスタ”ワンサンキュー!」
八戒の背後で店主の清一色が陽気に答えていた。
それとは対照的にその男の表情があまりにも残念そうで、
三蔵はつい声をかけてしまった。
「何なら味見に一かぶりやって見る?」
「マジ?アンタ良い人だぁ。」
三蔵が長芋を差し出すと、カプっとひとかじり。
その男こそ悟浄だった。
その時、回りの客の目が異常に悟浄の口元に集中していたのは言うまでもない。
それから幾度なく、偶然か必然か...同じような時間帯に大黒屋で出くわしては
肩を並べて飯を食った。
三蔵は元々、人と食事をするのが大好きだった。
出来るなら大勢で、色んな物を交換し食べたいほうだった。
俗に言うB級グルメである。
懐に携帯用マヨネーズはかかさない。
だからいつも、大黒屋のカウンター隅で薀蓄たれて食事をしていた。
店主夫婦はひっきりなしにボケや突っ込みの応酬で、
その傍らメニューに無い不気味な物を
「精が付きますよ」と出してくれたりもした。
美味いのか不味いのか判断しかねる微妙な味も慣れると愛しい物で
他に店もないしほぼ毎日通っていたのだった。
初めて来た時、21時を回るとなぜか突然ミラーボールが現れて
ショータイムが始まったのには正直言って驚いたが、
今ではマイクを向けられると意気揚揚とキューティハニーなんか
歌ってしまう自分が素敵に思える三蔵であった。
「おい、来週は戦隊物で行くぞ。」
「お前がリュウレンジャーで俺がシシレンジャーだ。」
カラオケで高得点を出すと一品サービスという粋な計らいも見逃せない。
最初は恥かしかったが、店内の異様な盛りあがりに
すっかり乗せられてしまうのだ。
恐るべし芸人夫婦....猪八戒&清一色。
まるでライブ後のミュージシャンのような達成感と汗にまみれ
近くの坂の上にある公園の、長い階段に腰掛けて街の灯りを見ながら
最近のオタク話で盛り上がった。
「801ってどーよ?」
三蔵はカプリングは苦手だが、
不思議と53は気兼ねせず読めると打ち明けた。
「俺もだよ。」と意外な答えが返ってきた時、心なしか悟浄の目が泳いでいた。
お互い最近手に入れた物の自慢話を終えるとそこで別れた。
いつももう少し自慢していたいと三蔵は思うのだが、
それは自分だけかと言葉を飲み込む。
悟浄は公園の東方面に向かい、三蔵は逆方向へと足を進める。
近所に住んでいる年の近いオタ同士。
お互いそれ以上知らないし、知る必要もなかったのだ。
「でも相撲カードはいらねぇ。」
寒空に向かってぼそっと呟くと、一人になった三蔵は
階段に座り込み街の灯りをいつまでも見つめていた。
35代目横綱の双葉山カードの運命はいかに........
1.近くのゴミ箱行き
2.取り合えずゴジョコファイルに入れる
3.八戒に渡す
ハーモニカと同時進行でコレも書いてたし。
はぁ落ち着いた(笑)
双葉山結構マブ
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